大判例

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東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)2625号 判決

申請人 小沢修

被申請人 日本医療団

被申請人 渡辺覚造

一、保証 無保証

二、主  文

被申請人日本医療団は申請人を昭和二十四年二月十四日当時の労働条件を基準として、その從業員として処遇しなければならない。

被申請人日本医療団は申請人に対し金十五万四千百七十二円八十五銭の支払をせよ。

申請人その余の申請は、これを却下する。

訴訟費用は被申請人日本医療団の負担とする。

三、申請の趣旨

申請人代理人は「申請人が、被申請人日本医療団の従業員たることを認める。被申請人等は、申請人が従前の地位で業務を行うことを妨げてはならず、また、申請人に対し、昭和二十三年十二月一日以降一カ月金六千三百九十二円の割合による金員及び成規の手当(出張手当往診手当等)を支払わなければならない」との判決を求め、

被申請人等代理人は、「申請人の本件仮処分申請はこれを却下する。」との判決を求めた。

四、事  実

一、申請人は、被申請人日本医療団に雇われている内科医員であつて、もと、被申請人渡辺覚造を院長とする日本医療団茨城厚生病院(以下厚生病院と略称)に勤務していた。

二、しかるに、被申請人日本医療団は、被申請人渡辺の内申に基き申請人の意思もきかず、昭和二十二年十二月一日附で、当時その内科診療が事実上閉鎖せられていた厚生病院小川分院(以下小川分院と略称)に転勤を命じた。ところで、被申請人等が、このような異例且つ不必要な転勤を命じたのはひつきよう、申請人が同年十一月からはじまつていた厚生病院従業員組合の結成運動に、その中心人物として参加していたのでその結成を嫌悪していた被申請人渡辺がこれを理由に申請人を排斥する意図に基くものにほかならなかつた。

三、そこで、申請人は右を不当労働行為であるとして、茨城県地方労働委員会に提訴したところ、その斡旋により、申請人は無条件で、厚生病院に復帰することとなつた。

四、しかるに昭和二十三年九月十四日申請人が右従業員組合の委員長に就任するや、被申請人はその退職を強要したり労働協約の締結を拒否したりしていたが、被申請人日本医療団に内申して、申請人に対し、同年十二月一日附で小川分院への再度の転勤を、更に右転勤命令に応じないことを理由に翌二十四年二月二十四日附で、懲戒解職(解雇)を発令せしめた。

五、ところで、被申請人渡辺の右所為は、申請人が労働組合の結成を指導しまた組合活動の中心人物であつたことを理由に差別待遇をしようとする意図のもとになされ、被申請人日本医療団は、これに基いて申請人に転勤を命じこれに基き解雇したものであるから、その転勤命令及び解雇は、不当労働行為として無効である。

六、よつて、申請人は、被申請人等を相手方として、従業員たる地位の確認及び、解雇当時の俸給である一ケ月金六千三百九十二円の割合による金員の支払を求めるわけであるが、このまま放置して、本案判決確定まで、被解雇者として取扱われるときは、身分上生活上囘復すべからざる損害をこうむるから、従業員たる地位の保全並びに右賃金の支払を受けるため仮の地位を定める仮処分として、申請の趣旨記載の判決を求める。

七、もつとも、前記厚生病院が昭和二十四年一月十五日被申請人日本医療団から国に讓渡され国立水戸病院と改称せられ、被申請人渡辺が院長たる地位を失つたことは、被申請人等主張の通りであるが、

(一)  本件不当労働行為は、厚生病院長たる被申請人渡辺によつて行われたのであるから、たとい、同人が厚生病院の院長たる地位を失つたとしても、不当労働行為の主体たることに変りはなく、従つて、被申請人たる適格を失うものではない。

(二)  また、被申請人日本医療団は未だ存続しているのであるから、当事者たる適格を有することに変りはない。

(三)  なお、厚生病院の物的施設並びに従業員は、すべて国立水戸病院に承継せられ、また、日本医療団従業員組合と日本医療団本部とのあいだの団体協約によれば、従業員は現員、現給のまま移管されることになつている。従つて、本件解雇が無効であつて、厚生病院の従業員たる地位を保有していたとすれば、申請人は、当然国立水戸病院の医員たり得たはずである。

しかるに、これが被申請人等の不当労働行為によつて阻止せられたわけであるから、被申請人等を相手方として、本件仮処分を申請する利益及び必要が存するのである。

と述べた。

答弁

被申請人等は、答弁として、次のとおり陳述した。

一、申請人がもと被申請人日本医療団に雇われていた内科医員であつて、被申請人渡辺を院長とする厚生病院に勤務していたこと及び被申請人日本医療団が被申請人渡辺の内申に基き昭和二十四年二月二十四日附で申請人を懲戒解雇したことは、これを認めるが、右厚生病院は、昭和二十五年一月十五日被申請人日本医療団から国に讓渡せられ、その際被申請人渡辺は院長たる地位を失うにいたつた。

(一)  而して、本件のように、従業員たる地位の保全を求める仮処分にあつては、その相手方は、申請人の給付する労務を受領すべき地位に在るものでなければならないのであるが、被申請人渡辺は、右に述べたように、その地位を失つたのであるから、同人に対する仮処分は、不適格として却下せらるべきものである。

(二)  また、被申請人日本医療団は未だ清算中で存続しているが申請人は既に消滅した厚生病院の内科医員たる地位の保全を求めるものであるから、被申請人日本医療団に対する本件仮処分申請も不適格として却下せらるべきものである。

二、仮に、右の主張が認められないとしても本件解雇は、不当労働行為ではない。

(一)  申請人主張の事実中、さきに認めた事実のほか、被申請人日本医療団が、被申請人渡辺の内申に基き、昭和二十二年十二月一日及び翌二十三年十二月一日、それぞれ、申請人に対し小川分院への転勤を命じたこと、右第一囘の転勤命令に対し、申請人から茨城県地方労働委員会に不当労働行為の提訴があり、同委員会の斡旋により、申請人が厚生病院に復帰するようになつた(但し、無条件ではない)こと、申請人の解雇当時の俸給が一ケ月金六千三百九十二円であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

すなわち

(二)  昭和二十二年十二月一日申請人に対し、小川分院への転勤を命じたのは、小川分院に内科医員を配置する必要があり、申請人がその適任者だつたからであつて、これについては申請人に対し、あらかじめその理由を話してその諒解を求めたことがあつた。

(三)  また、労働委員会の斡旋による申請人の厚生病院復帰は無条件のものではなく、申請人が毎週三囘小川分院に出張診療するという約束が附随していた。

(四)  しかるに、申請人は、その出張診療の義務を履行しないので前記のように再び小川分院への転勤を命じたのであるが、更にその命令にも従わないので、日本医療団職員服務規定第十七条(「職員転勤ヲ命ゼラレタトキハ七日以内に出発赴任スベシ」)に違反するものとして、同職員分限規程第一条、第二条により、懲戒解職(解雇)したものである。

と述べた。

証拠(省略)

五、理  由

第一被申請人等の当事者適格

申請人がもと被申請人日本医療団に雇われていた内科医員であつて、被申請人渡辺を院長とする厚生病院に勤務していたこと、被申請人日本医療団が被申請人渡辺の内申に基き、昭和二十四年二月二十四日附で、申請人を懲戒解雇したこと、及び右厚生病院が、昭和二十五年一月十五日被申請人日本医療団から、国に讓渡せられ被申請人渡辺が院長たる地位を失つたことは、当事者間に争がない。

よつて被申請人等の当事者適格に付いて判断する。

(一)  被申請人日本医療団に対する関係においては、申請人は、その従業員たることの地位の確認並びに賃金の支払等を求める本案訴訟を前提として、仮の地位を定める仮処分を求めるものであるから、いかなる内容の仮処分を与えるかは別として、たといその勤務先たる厚生病院が他に讓渡せられたとしても、右本案訴訟は維持され得るわけであり、從つて、これを前提とする仮処分に付いても、被申請人日本医療団には、当事者適格があるというべきである。

(二)  次に、被申請人渡辺は、被申請人日本医療団の職員として、後者のために、厚生病院の管理、経営に任じていたものであるから、後者の代理人として、申請人と労働契約上の法律関係に立つものにすぎない。従つて、申請人は、被申請人渡辺が、厚生病院の院長たる限りにおいて、これに対し地位の確認等の訴を提起し得る利益があり、本件のように、厚生病院が国に讓渡せられ、被申請人渡辺が院長たる地位を失つた以上、同人に対して、右訴を提起し得る利益はなくなつたといわなければならない。因つて、右訴を前提とする本件仮処分の申請に付き被申請人渡辺は、当事者たる適格を有しないから、同人に対する申請は、爾余の判断をまつまでもなく失当である。

第二不当労働行為の成否

一、前項に述べた事実のほか、被申請人日本医療団が厚生病院長渡辺覚造の内申に基き昭和二十二年十二月一日及び翌二十三年十二月一日それぞれ申請人に対し、小川分院への転勤を命じたこと、右第一囘の転勤命令に対し申請人から茨城県地方労働委員会に不当労働行為の提訴があり、同委員会の斡旋により、申請人が厚生病院に復帰するようになつたことは、当事者間に争がない。

二、証人渡辺誠の証言によれば、申請人に対する前記第一囘の転勤命令が発令せられた当時、厚生病院内に従業員組合結成運動があり、申請人がその中心人物として行動していたこと、昭和二十三年九月十四日申請人が組合委員長に選任せられるや、前記渡辺覚造は、申請人の解雇を発表し、その後前記のように、第二囘目の転勤命令を経て懲戒解雇が発令せられたことが疎明せられる。

三、しかしながら他方、被申請人は右第二囘目の転勤命令並びに解雇は、申請人が渡辺覚造との間に協定した小川分院への出張診療を怠つたことに因るものであることを主張し、その疎明資格を提出しているからその義務違背の存否及びそれが存在するとしたならば、これと差別待遇の意図のいずれが右第二囘目の転勤命令ないし解雇に対し決定的な原因となつたかを検討しなければならない。

四、その成立に争のない甲第四ないし第六号証、甲第八号証の一ないし十七、乙第一号証、乙第八、九号証、乙第十号証の一ないし十四、当裁判所が真正に成立したと認める甲第九号証、乙第十一号証の一ないし五、同号証の九、乙第十二号証と証人渡辺誠、同島田登美、同藤田道子、同吉沢さと子、同木下たま、同佐久間清の各証言を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一)、申請人はかねてから厚生病院に勤務していたのであるが渡辺覚造は、申請人に第一囘の小川分院転勤を命ずるに際し、申請人に転勤の必要な事情を説き、その諒解を求めることもせず、昭和二十二年十一月二十日頃から前記組合結成運動が具体化し、申請人が、その結成準備委員として活動を始めるや、被申請人日本医療団に対し転任発令の手続を採ることなく、その独断を以て小川転勤を発令し、その後同月六日にいたり、被申請人日本医療団に右発令方を内申し、同月八日、右十二月一日附を以て転勤の辞令を発付させた。

(二)、かくて、申請人は、前記のように、茨城県地方労働委員会に対して、不当労働行為の提訴をなし、その斡旋により厚生病院に復帰することとなつたのであるが、その際は、申請人及び従業員組合と渡辺覚造とのあいだにおいて、

1、組合は、申請人を同年十二月十九日付を以て厚生病院に転任させる旨の、渡辺覚造の囘答を受理承認する。

2、渡辺覚造は労働協約締結まで、これに類似のこと、すなわち一方的な人事をしない。

3、渡辺覚造と組合は速かに労働協約を締結する。との三項目を以て、和解が成立し申請人は前記のように厚生病院に復帰することとなつた。その調印直後、申請人の小川分院への出張診療が再びとりあげられ、渡辺覚造は一週間のうち三日小川に出張診療することを要請し、組合側は一応これを拒否したが結局、申請人は、渡辺覚造の面目を立てるため、好意上小川分院へ出張診療すること、その詳細は申請人と小川分院長佐久間清との間で協議する、渡辺覚造は能う限り速かに小川分院の内科医を補充するとの協定が成立した。而して右出張診療が単なる好意上のものであることは、右甲第六号証中右小川轉任問題解決方法を協定した書面にその旨の記載がないことによつても判る。

(三)、そこで申請人は佐久間清と協議のうえ原則として、毎週火曜日及び金曜日に小川分院へ出張診療すること、ただし申請人の勤務その他のつごうにより出張しないことも認めることとし申請人は、昭和二十三年六月末までは、大体右協定通り小川分院へ出張診療を續けていたが、同年七月一日列車時刻が改正せられ、早朝水戸市を出発して、ようやく昼頃小川町に到着するというように、出張が著るしく不便となり、加うるに申請人は病弱のうえ厚生病院における勤務が多忙であつたため出張診療を中止するにいたつた。

(四)、而して、右出張中止に付いては、申請人から佐久間清に対して積極的な連絡がなかつたため、佐久間清から渡辺覚造宛小川分院への内科医派遣の問合せがあつたが、渡辺覚造から、申請人に対し出張診療を督促する積極的な態度も見受けられなかつた。

(五)、このようにしているうち、同年九月十四日前記のように、申請人は従業員組合の委員長に選任せられたのであるが、同月十六日、渡辺覚造は医長会議の結果として、

「申請人が

(1)、組合脱退者及び看護婦を脅迫した。

(2)、許可なく厚生病院内に居住し診療を妨害した。

(3)、小川分院への出張を怠つている。」

ことを理由に、申請人を解雇する旨の発表をした。そうして、その後前記のように再度小川分院への転勤命令が発令せられ、申請人がこれを拒否するや、渡辺覚造は被申請人日本医療団をして、申請人に赴任の督促をなさしめ、(昭和二十四年一月十八日)しかる後その督促に応じないのをみて、前記懲戒解雇を発令させるにいたつた。

このように認められ、さらに、渡辺覚造が申請人の解雇事由として挙げた事実について、

(六)、(1)申請人は、従業員組合から脱退した看護婦等に対し労働組合の在り方などを説示していたことはあるが、特に、脅迫するような言辞態度を以てのぞんだことはない。

(2)、申請人が、厚生病院に起居するようになつたのは従前の従業員宿舍岩原病院が他に払下げになり、他に転居先が見当らなかつたため、やむをえず、厚生病院に移転したものであり、申請人の居住していた部屋は、荒廃して診療の用に供し得るものではなく、従つて、これにより、特に診療を妨害したとはいい得ない。

なお、渡辺覚造の組合活動に対する態度について

(七)、渡辺覚造は、昭和二十三年六月頃組合役員の改選に際し、その側近者を通じて投票すべき役員候補者の氏名を指示し、または、同年九月頃その側近者を通じて、組合員に対し組合から脱退するよう勧告したことがある。

このように認められるのであつて、右認定に牴触する乙第一、八、九号証十一号証の五、第十二号証及び証人佐久間清の証言はこれを信用しない。

五、このような事実を綜合すると、申請人が列車時刻の改正を理由に、小川分院への出張診療を拒否したことは病院の公共的性格にかんがみ遣憾の点があつたことは否定し得ないが、右出張診療の協定が暫定的にして且つ非強制的のものであつたことに徴すれば、その出張診療を解雇の厳罰を以て強制すべきものとも考えられず、また渡辺覚造が申請人に対し事前に出張診療をなすべき旨の警告を与えなかつたことから考察すると、同人に於いても当時申請人を解雇するほどの意思があつたとも思えない。そうだとすれば、渡辺覚造が昭和二十三年九月十六日申請人に対してなした解雇の通告は、前記認定の事実に徴し、申請人がさきに述べたような組合活動をなしたことを理由とするものといわざるを得ない。

而して、さきに述べた小川分院への再度の転勤命令及びこれが不遵守を理由とする懲戒解雇の発令は右の理由に基く解雇の形式をととのえるものにすぎないから、これらの行為は一体としてこれを考察し、代理人たる渡辺覚造の差別待遇意思に基くものとして、これを不当労働行為と判断することができる。

六、而して、昭和二十四年二月十四日(解雇)当時における申請人の賃金が一ケ月金六千三百九十二円であることは当事者間に争がないが、右の金額を超えて、申請人が常時的に給与を受けていたことに付いては疎明資料がない。

七、果して然らば、被申請人日本医療団が申請人に対し、昭和二十三年十二月一日なした小川分院への転勤並びに翌二十四年二月十四日なした解雇の意思表示は、いずれも無効であつて、申請人は、被申請人日本医療団の従業員たる地位を保有し且つ後者に対し、一ケ月金六千三百九十二円の割合による賃金を請求することができる。

八、而して、解雇が無効であるにもかかわらず、被解雇者として取扱われることは、賃金生活者の著るしい苦痛であり速かに、その地位を保全させなければ囘復すべからざる損害を蒙ることは明かであるから、特に反証も認められない本件においては、地位保全の仮処分の必要があるというべきである。

九、よつて、仮の地位を定める仮処分として、被申請人日本医療団に、

(一)、申請人を前記解雇の意思表示のなされた昭和二十四年二月十四日、当時の労働条件を基準として、その従業員として処遇すべきこと、

(二)、申請人に対し右の割合による未払賃金(本件口頭辯論終結にいたるまでの分)合計金十五萬四千百七十二円八十五銭を支払うべきこと、

を命ずるのが相当である。

申請人が業務を行うことを妨害してはならない旨の仮処分は厚生病院が国に讓渡せられた現在、これを命ずる必要がない。

一〇、以上述べたように、申請人の被申請人日本医療団に対する本件仮処分の申請は、右に述べた限度において正当であるから、これを認容して、主文第一、二項記載の仮処分を命じ同被申請人に対するその餘の申請並びに被申請人渡辺に対する申請はいずれも失当であるからこれを却下すべく、なお、本件は右のように申請人の一部勝訴の場合に該当するが、訴訟費用は、被申請人日本医療団をしてこれを負担せしめるのを相当と認め、主文の通り判決したしだいである。

(裁判官 柳川真佐夫 中島一郎 高島良一)

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